ISF08で買った本の感想とか ①

    07の感想はどうした?

 

  先日ISF08が開催されました。ありがたいことに席を頂き、自身も頒布させていただきたのですが、他の方の本もいろいろと手に取らせていただいたのでその感想を。もちろんですがネタバレを含みます。あと失礼な言葉遣いがあるかもしれないので、あまりそういうの見たくない方は閉じてください。失礼にしたいのではなく語彙がないんです。

 

・『IDOL HEROS SPIN OFF GENESIS V.S. NEMESIS』主筆 川下欅氏(サークル 創騒都市)

「4月に公開された『アイドルヒーローズ ジェネシス』より歌織、真、茜、ジュリア、紬の5名のキャストを主人公としたスピンオフ小説5作を掲載。本編の前日譚や本編を別視点から描くサイドストーリー、彼女たちを巻き込む新たなる事件の物語などを大ボリュームでお届けします。」(主筆 川下欅様pixivの宣伝文より引用)

 白々しい文にするのも寒いので先に書かせていただくと、ありがたいことに主筆からお声がけを頂きまして拙作も載せていただきました。

 本作はスピンオフになっており五人の作者が各々独立した世界観で作品を仕上げている、という仕様になっております。なので感想はひとつひとつに(できたら)。

 

 

・目次

 ページ数おかしくない?というのは何度かTLでも出た話ではありますが、そもそも合同誌で一人当たりこれだけのページ数を許容してくださるというのはあまりない(と観測できる範囲では思う)ので、主筆には一生頭を向けて寝られません。

 

・『HEROIC WILL』 主演:桜守歌織 脚本:松之助

 物語の根幹は歌織と黒髪の邂逅。ですが、あずさ・莉緒によるヒーローズの立ち上げ、総帥コトハの暗躍、カオリの意志と死欲、司令官の計画が絡んでいき、物語は組織の目的・個人の意志としての悪と正義の境界を曖昧にし、より濃厚な層へと沈んでいきます。

 物語はカオリと黒髪の二人で始まります。暗い雰囲気を漂わせながらの軽い会話の中で、黒髪からカオリへの献身、カオリとの過去での出会いを匂わせるシーン。腫れぼったい文はなく、不穏ながらも二人のつながりを感じる文章がまとまっていて好きです。

  さて、シーンは別の過去へ移り、紬と歌織の微笑ましい会話、まだ二人ともに明るい芯のある描写が描かれています。歌織には当然カオリのような面は見えず、紬もゲーム中に見せるような怯えを一度乗り越えているように書かれています。ここで髪を切る話をさらりと挟み込めるのが巧みです。

 そして庁舎でのあずさ・莉緒・歌織とフクダ司令官との会話へ。庁舎に入った経緯、紬の様子などの時の流れに対する他愛ない会話から、フクダ司令官の登場をきっかけに「人為的なデストル因子の覚醒」という暗いテーマに話が食い込んでいきます。後々にわかることですがヒーローズ側も後ろ暗い計画を立てているので、ここ含めてフクダ司令官の登場=暗い要素と全体に影を落とていくのが強いです。庁舎内の様子と入るまでの流れやファイル名から組織の経緯につなげる書き方など、さりげない説明がテンポよく流されていきます。

 次にデストル化した怪人との戦闘を経由しての歌織と黒髪の邂逅。ここが凄く綺麗です。「セーラー服であることの意義」「赤い目への解釈」とゲーム中に存在し『視覚的に確認できる要素かつゲーム中で説明の少ない要素』から入り、「黒髪の能力」「歌織の正義」というゲーム中に存在する(と思われる)『視覚的に確認できない要素かつゲーム中で説明少ない要素』をちらつかせる。そして、二人が引かれ合うきっかけ、というより黒髪が歌織・カオリへ献身を向ける合理的な理由を作っている。野暮ったくなく、後の伏線にもなる「狼煙」の話も入っている。違和感ない文でまとまっているのに濃度が高いです。

 病室での目覚めから遊園地に行くまで。フクダに裏の計画があることを匂わせつつ、遊園地ではまた温かい日常に戻っていきます。フクダが去ると平和に戻るんですね。遊園地内では紬を振り回す莉緒の描写がめっちゃ好きです。あずさが指摘する歌織の無鉄砲さは後に出てくる死欲への伏線ですし、パワーが使えなくなる五年という数字は紬が中学生から十七歳になるまでの時間でゲーム内でキネティックパワーを使わずに戦うザ・ファーストへの解釈ですし。組織を立ち上げるという話は後のフクダの計画と絡まってゲーム中の紬へカオリの存在を打ち明けるシーンに吸われていきます。

 始まるデストルドーの襲撃。ここから物語は一気に不穏な流れへと飲み込まれていきます。組織を立てる意志を強くするあずさの台詞の後、歌織が単身で原点へ乗り込むことを決意します。総帥コトハとの出会い、暴かれるカオリの根源にある死欲。ここ、二人の戦闘描写やデストラードに抵抗を示す歌織の心情が丁寧に描かれているおかげで、カオリの死欲などの提示される要素に対してシーンが長いので、要素の強調性が高くなっています。ヒーローズ側の抱える秘密も小出しにしつつ、流れるように黒髪の登場に繋がっていてすごく綺麗です。正直、 正義側の自己犠牲を潜在的な死欲として描写する場所で呻いていました。

 黒髪とコトハの戦闘。初めての、歌織もカオリもいないシーンです。実際、前のシーンでは歌織が上へあがった二人を見失うことで終わり、次のシーンでは歌織が上へあがって二人を見つけることから始まるので、二つのシーンは時系列的には途切れません。ですが、ここでは、黒髪がデストルドーに属するのがコトハの目的という告白、黒髪がカオリへ献身を示す割にデストルドーという組織へ従属を示さないことの理由づけ、また後に出てくる「取引」のためにマコトとコトハの力関係を示す重要な前置きになっています。必要な伏線のためにシーンをしっかり挟めるのがとても羨ましいです。マコトがポケットの穴を確認するところがめちゃくちゃ好きです。

 上がってきた歌織に琴葉が取引を持ち掛けるシーン。最高です。自分の意志で命を差し出させるコトハの残酷さ、歌織の正義(と自己犠牲)の一貫性。本当に最高でした。続いてフクダが到着するシーン。最高で最悪です。コトハの「痛み分け」という命を軽んじた発言から組織側の闇が暴かれます。歌織を挟んで二つの闇が対峙し、互いに引きます。最高です。

 東都タワーでの戦いは終わります。記憶を失った黒髪が空を見上げる箇所、序盤で空を見上げた黒髪が「出会ったことがなかったかい」という問いかけに繋がり、歌織の死体は研究所に収監されて、二人の過去の物語はここで一旦幕を下ろします。

 物語は一気にゲーム本編の時間軸に戻り、ヒーローズという新しい組織を作りあげたあずさと莉緒はカオリの存在を紬に打ち明ける決意をします。もう一度「高校生だもの」と念押ししてからセーラー服ではなく仕込み杖を手に取るのが好き。五年という日は彼女たちの野望を叶え大人の責任を負わせました。

 ラスト。再びカオリとマコト、制圧した軍用基地。時系列はヒーローズとの決戦寸前まで進みます。黒髪がカオリに対してかつて出会ったヒーローとしての彼女の残滓を想いながら、物語の幕は静かに下ります。

 ゲーム内解釈とのバランス、緩急の使い方と物語の合理性がずば抜けて高くて、スピンオフの幕開けとしてこれ以上の話はないと思います。前回のヒーローズスピンオフ小説合同に掲載されていた『魔女の生まれた日』もトップバッターとして堂々たる物語でしたが、それとはまた違う道筋の今回も素晴らしかったです。前日譚、というのも最初の物語として適性高くていいですね。本当によかったです。

 

   今日はここまで。